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人間関係で気持ちが楽になる!嫌なことをふんわり受け止める方法

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白か黒かはっきりさせたい!

そんな人も多くいるのではないでしょうか?

思い当たる人は人間関係で疲れたことはありませんか。

今回は気持ちを楽にする方法をお伝えします。

結論から言えば、曖昧さを受け入れること。

「まぁ、いいや!」と思える部分を取り入れることです。

それでは最後までご覧ください。

中間のグレーを受け入れる考え方

どんなに理性的で頭のいい人でもカッとなった時には信じられない暴言を吐いたり、落ち込んでいる時には「私なんかもうだめだ」と自信をなくしてしまいます。

そういう様子を見てしまうと、「この人でもこんなふうになる時があるんだ!」と驚きますね。

一瞬の感情が普段は冷静な人の認知をめちゃくちゃにするというのはしばしば起こります。

でも、その時の心の動きをよく考えてみましょう。

これはあなた自身がカッとなったり、落ち込んで悲観的な気持ちになっている時を思い出してみれば分かります。

例えば…

失恋したり信じていた人に裏切られたりすると誰でも落ち込みますね。

「もう一生恋愛なんかしない」

「彼女のいない人生なんて考えられない」と悲観的な気持ちになったり「もう他人なんか信じるものか!」と怒りに包まれたりします。

そういった考え方は、全て白か黒かをはっきりさせてその中間のグレーを認めない考え方になります。

「恋愛なんかしない」「他人は信用しない」と決めてしまうのは「曖昧さ耐性」がほとんど無くなっている状態です。

ここでもし、曖昧さ耐性があればこう考えます。

「またいつか素敵な人が現れるだろう」

「他人を信用しすぎちゃだめなんだ」

どっちでもない中間のグレーを受け入れる考え方です。

そして、いっときの悲観的な気持ちが治れば、ほとんどの人がそういう気持ちになります。

失恋だって痛手から回復すれば、また恋愛ができそうな気がしたり、実際に好きな人ができたりするものです。

つまり、感情的になってる時ほど私たちの曖昧さ耐性はなくなっています。

それは同時に、認知的に未熟な状態に戻っているということなのです。

リラックスした雰囲気を流す曖昧な人

曖昧さというのは一般的にはあまり良い受け止め方をされません。

「彼女の態度はいつも曖昧だ」とか「あの人は曖昧な返事をしてごまかす」というようにズルさや計算高さを感じさせるからでしょう。

実際、仕事でも遊びでも曖昧な態度を取り続ければ「煮え切らないやつ」と思われてしまいます。

けれどもここで説明する曖昧さ耐性というのは、自分の認知状態として相手や周囲に対して曖昧なものも受け入れるという意味になります。

例えば、他人を好き嫌いで分けないといった態度です。

好きな人の中にもちょっと嫌いな部分があったり、嫌いな人の中にも好ましいことがあったりするのですから、まっぷたつに分けることなんてできませんね。

それだったらどんな相手に対してもその人の好ましいところや長所に目を向けて付き合うようにするのが自然な態度だし、気持ちの良い人間関係を作ることができます。

そして、確かにそういう関係を築く人がいるのです。

周囲の人間に対して好き嫌いとか敵味方の区分を当てはめず、誰とでも臨機応変に付き合っているような人です。

こういう人の周りにはいつもリラックスした雰囲気が流れています。

敵対する人間同士でもこういう人のそばにいるとつい言葉を交わしたりします。

ところがここでも変な人間がいて「八方美人だ!」とか言い出します。

「彼女って結局みんなにいい顔しているだけじゃない?」

「ああいう人って敵だか味方だか分からないから油断できない」

そんな受け止め方をしてしまいます。

曖昧さ耐性の低い人間です。

果たしてどちらが感情的にならずにやっていけるでしょうか?

曖昧さを受け入れられない人は、限られた人間関係以外にはカリカリした関係しか作れないことになります。

ふんわりと受け入れ可能性「まぁいいや」

嫌なことをふんわりと受け止めることがある 曖昧さ耐性は、色々な可能性を考える能力のことでもあります。

例えば、同僚に声をかけられたらそっけなくされたりとか、おしゃべりの輪に近づいたら皆黙り込んでしまったとか、何だか嫌な感じを受けたとします。

曖昧さ耐性の無い人はこういった場面で、たった一つの可能性だけを思い浮かべて「そうに違いない!」と決めつけてしまいます。

「悪い噂が広まっているな」

「私のことを仲間はずれにしているな」

そう思い込んで「なぜだ」と考えるのです。

  • 誰かが悪い噂を流したんだ
  • きっと陰で動き回っている奴がいる
  • それは誰だ

こういった考え方に決めつけや強引さがあると本人は思っていません。

ごく自然な摂理だと信じ込んでいます。

でも色々な可能性を考える気持ちになればどうでしょうか。

同僚に素っ気なくされたのはたまたま次の予定が詰まっていたり、何か考え事をしている最中だったのかもしれません。

近づいたらみんな黙り込んでしまったのはあなたに咎められると思ったのかもしれないし、実はあなたの背後に上司がいたのかもしれないし、そもそもおしゃべりの切り上げ時だったのかもしれません。

そういった可能性は冷静に考えれば決して否定できないはずで、 少なくとも絶対にないとは言えないはずです。

それと真実は全て曖昧になってしまいます。

その曖昧さをまるごと受け止めるのが曖昧さ耐性の高い人です。

なんだかよくわからないけど「まぁいいや」で終わらせることのできる人です。

ミスター
ミスター

いかがだったでしょうか?

「まぁいいや!」の部分があればリラックスして人間関係を上手くできるのではないでしょうか?

それではまた明日です。

良い1日を!おやすみなさい!